+++沖田総司の史実+++(・・・・になってるのかなぁ・・・)


天保15年出生。(13年説もあり。)
幼名・沖田宗次郎春政。
性格は明るく、壬生寺の境内でよく近所の子供たちと遊んでいたそうです。
しかし動乱のさなか、当時不治の病・肺結核にかかってしまいます。
総司は重病になった身を千駄ヶ谷の植木屋植甚宅の離れに移って療養していました。
そして総司はそこで一人淋しく息を引き取ったのです。


総司が詠んだ句と思われるものがあります。

「動かねば 闇に隔つや 花と水」

この句はまだ確実に総司のものとはわかっていません。
しかしこの句が総司のモノだったら、私はこう訳します。
「立ち上がらなくては、この魂と体は闇に落ちてしまうだろう。」
これはあくまで推測に過ぎませんが、私はこのように感じたのです。
もしこの句を本当に詠んだとしたら、いったい彼はどのような心境でつづったのでしょうか。
私は今、彼の本当の思いを知りたいです。



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